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横浜地方裁判所 平成9年(ワ)3005号 判決 1999年6月15日

第一事件原告

粟飯原輝男

外九名

第二事件原告

山城保男

外一一名

第三事件原告

中島英志

右原告ら訴訟代理人弁護士

湯沢誠

第一事件・第二事件原告ら訴訟代理人弁護士

左部明宏

第一事件・第二事件原告ら訴訟復代理人・第三事件原告訴訟代理人弁護士

渡部英明

各事件被告

右代表者法務大臣

陣内孝雄

右指定代理人

小池充夫

外一三名

主文

一  第一事件原告ら、第二事件原告ら、第三事件原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、第一事件、第二事件、第三事件を通じて右各事件の原告らの負担とする。

事実及び理由

(以下において、第一事件原告ら、第二事件原告ら、第三事件原告を総称して「原告ら」といい、また各事件の原告について「原告」と冠する。)

第一  請求

一  被告は、原告らそれぞれに対し、別紙一覧表一減額金合計欄記載の各金員及び同表起算日欄記載の各起算日から支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告らそれぞれに対し、各金五〇万円宛及びこれらに対する別紙一覧表一起算日欄記載の各起算日から支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、郵便局に勤務する原告らが、胸章着用をしなかったことにより、複数回にわたり訓告処分を受け、その結果として定期昇給の際昇給号俸数を減ぜられるとともに精神的損害を被ったとして、昇給号俸数を減ぜられたことによる給与の差額相当額及び慰謝料の支払いを求める事案である。

一  争いのない事実

1  原告らは、いずれも、郵政省職員として、別紙一覧表二の記載に対応する郵便局に勤務し、又はしていた。

2  関東郵政局長は、平成三年三月二六日、関東郵政局長達第一三号をもって、「胸章着用要綱」を制定し、右同日管内各郵便局長らに対し、すべての職員に着用を義務づけるよう要請し、これを受けて、各郵便局長らは、原告ら関東郵政局管内の郵政職員に対し、その職種・部署・業務内容に関係なく一律に胸章の着用を義務づけた。

3  原告らが、右胸章の着用を拒否したところ、原告らは、それぞれ、別紙一覧表二訓告発令日欄記載の各年月日に、同表発令局長名欄記載の各局長らによって訓告を受けた。

4  原告らは、平成五年四月一日、平成七年四月一日、平成八年四月一日、平成九年四月一日、平成一〇年四月一日の各昇給時期にそれぞれ少なくとも一回昇給号俸数から各一号俸減ぜられた。

5  郵政大臣官房人事部長及び同経理部長の連名による依命通達「定期昇給等の実施について」(平成四年三月三一日郵人要第九六号、以下「九六号通達」という。)には、郵政省職員の定期昇給に関し、引き続く一年以内において三回以上訓告を受けた場合は一号俸、定期昇給から減ぜられる旨の定めがある。

二  争点

原告らは、定期昇給時に昇給号俸数から一号俸減ぜられるという実質的制裁を伴う処分をもって胸章の着用を強制することは、憲法一三条に定められた原告らの幸福追求権を侵害するものであり、また命令権処分権の濫用であって不法行為であると主張する。よって、本件の争点は、胸章着用の強制が不法行為を構成するか否かということである。

三  争点に関する当事者の主張

(原告ら)

1 原告らは、職務命令や注意、訓告処分、さらには、定期昇給の際の昇給分を減ぜられるという実損害を伴う措置により、胸章の着用を強制されているが、これは以下のとおり、不法行為になる。

2 憲法一三条違反

(一) 氏名権の侵害について

氏名は、社会的に見れば、個人を他人から識別するための標識であるが、他方、氏名は、その人格を尊重されるべき個人を表象するものであり、氏名の主体である個人は、その氏名につき法律上保護されるべき利益を有し、それは、人格権の一内容を構成するというべきである。氏名が、このように個人の人格と密接に結びついているものであることからすれば、氏名を自己の意思に反してむやみに公表されない自由も氏名権の一内容として当然に保護されていると解すべきである。また、本件で問題となっている業務命令と処分は、本人に何の断りもなしに氏名を記した胸章を作成し、それを着用するよう強制したものであり、氏名の冒用にも相当する。

具体的に見ると、外務の仕事に就くものが勤務時間中常に胸章を付けていることは、どういう意図を持っているか分からない不特定多数の公衆に氏名をさらして歩くという機能を果しているだけのものであり、このことにより、数多くの不利益が想定される。すなわち、氏名が犯罪に利用される可能性が生じること、家族の中に犯罪者と報道されたものがいた場合に、世間の白い目に取り囲まれて過ごさなければならなくなるという精神的被害を被ること、姓の変更という私生活上のできごとを公衆にさらして歩くことにより、公衆の偏見を受け、精神的被害を受けることである。

(二) プライバシー権の侵害について

プライバシー権とは、私生活をみだりに公開されない権利ないし自己に関する情報をコントロールする権利である。

まず、氏名がプライバシーに該当するかという点について、氏名は戸籍に記載されている事柄であり、公証力があるから、もっぱら公的な事柄というべきであって、プライバシーに該当するとはいえないと被告は主張するが、氏名に公証力があるからといって直ちにもっぱら公的な事柄であるとすることはできない。氏名は公的な事柄であると同時に個人の側からすればもっぱら私的な事柄でもある。プライバシーの要件として一般の感受性を基準にした場合、公表されることを欲しないかどうかという点については、判断の基準は時代とともに動いており、客観的に立証されなければならない。

郵便局の胸章には、役職名も記載されているが、各労働者のおかれている役職は、個人の能力の正当な反映ではなく、それぞれの労働者が労働組合との関係でどのような歴史を歩んできたかを映すものである。組合運動は、休憩時間や私生活上の時間を使って行っているものであり、優れて私生活に属するものであり、個人の生きざまに関係している行為であって、組合運動への関与に関する事柄はプライバシーに属する。労働組合との関係を別としても、役職は、もっぱら郵便局内の業務運行上必要なものであって、顧客にとって業務の内容が変わるわけではないのだから、どのような役職に就いているのかは社会的なものではなく企業や事業体の内部のことであって、その外側に対しては個人情報としてプライバシーに属するというべきである。郵便局の役職名は、一般の人にはまだ知られていない事柄であり、個人の正当な能力を反映したものでなく、真実に反して不当なものであるから、一般人の感受性を基準としても、公表されることを欲しない事柄であるといえる。

世間の目は役職の有無とその者の資質等を結びつけて見がちであることからすれば役職名をさらして歩くことによる精神的被害は大きく、役職名を記した胸章の着用強制はプライバシーの侵害であるといえる。

(三) 右のような氏名権、プライバシー権の侵害は、同時に人格権の侵害にも該当する。正当理由なく氏名を公表されない権利は、根源的性格を有する極めて重要な精神的自由権ないしは人格的自立権であって、その制限の合憲性判断には目的と手段との実質的関連性を審査した上で利益衡量に当たっては必要最小限制約の基準が適用されるべきである。この観点から本件胸章着用の義務づけを見ると、氏名と役職名を記載した胸章を胸に着用することを一律に強制するということは人格権の侵害であることは明らかである。

3 命令権の濫用

胸章着用の一律強制及び訓告等の処分は、郵政省において日増しに強まっている弾圧的な労務管理政策の一環であり、職員を納得させるような合理的説明をすることなしに、強行されているものであり、しかも、訓告が極めて不平等・恣意的に行われているうえに、業務に関係のない命令を処分目的に繰り返しているものであって、命令権の濫用である。

(一) 胸章着用の義務づけの背景

胸章着用の義務づけは、以下に述べるような背景の中で、労務管理、職場支配の方法として行われるようになったものである。

関東郵政局は、平成七年九月、労働組合の団結の破壊のため一般職員の人事交流を強行した。また、同様の目的により、管理者の裁量による新昇格制度を導入して職場支配を完成させようとしている。この流れの中で胸章着用の義務づけも行われ、労務管理の肩代わりを拒んだ組合分会に所属する未着用の組合員に対し、弾圧が始まった。

この訓告三回による実質的制裁の意味を持つ処分は、制服の着用や規律朝礼終礼の実施など、他の場面でも利用され、職員支配のために利用されていることは明らかである。また、胸章不着用による処分がなされている局所を見れば、本件又は本件同様の裁判を起こしている原告のいる局に集中し、裁判を起こしたことによる弾圧であることが明らかである。

(二) 着用指導及び処分の不当性

業務命令とは、業務の正常な運行を確保する目的で使われるものであって、処分を出す目的で使われてはならないものである。本件胸章着用の指導は、関東郵政局の指導文書によれば処分を含む方針が先にあって、その計画に従って行われたことが明らかであり、現場管理者の業務の必要からなされた業務命令ではなかった。

また、処分の実状を見れば、管理者が胸章を着用せよと命じ、職員がそれに従いさえすれば、その後着用していなくても管理者は命令もせず処分もしないし、また、管理者に命令されたときだけ着用すれば、外で着用していなくても処分はない。そして、処分辞令の発行状況を見れば、いっときは、業務命令、処分の日々の繰り返しであり、一号俸カットを目的としたというほかない処分もあった。原告らの側に業務上の過失や処分の対象となる事柄がないのに、処分や昇給カットを行うことは、労働者の積極的な気分を害し、かえって営業の邪魔になるだけである。

被告は、訓告処分は制裁的実質を伴わないものであると主張するが、訓告処分そのものが昇給一号俸カットを目的に重ねられたもので、労働者支配の目的を持った弾圧であった。胸章を着用していないことで業務に支障があったということはない反面、業務が不良でも良好な成績に当たるとされている者がいるのだから、胸章不着用により良好な成績に当たらないということで昇給を保留することは恣意的に作り出された昇給保留である。

原告らに対する処分を行政手続上見ると、本件の前提となる関東郵政局長達である胸章着用要綱は国家行政組織法一四条二項にいう通達に該当するが、胸章着用を強制する関東郵政局長達には法律の根拠がなく、違法である。そうでなくても、要綱は、行政機関が定める行政指導の内部的指針であるが、要綱に基づく行政指導に従う意思のない者に対し、強制することは行政指導の限界を超えるものであり、胸章着用要綱には、強制力はないというべきである。また、被告は、郵便局長が当該郵便局の所属職員の服務を統督する権限を有していると主張するが、行政機関の長の権限を定めた国家行政組織法一四条二項は、同法一二条と不可分であり、同条四項に定められた法律の委任が必要であるところ、胸章着用の義務を課することには法律の委任がなく違法である。訓令権の行使についても同項の規制があると解すべきである。法の明文の規定に基づかない処分は、それが制裁的実質を伴うものであれば許されないと解するのが、同項の解釈上適当である。被告は、訓告三回による昇給号俸数カットという実質的制裁を伴うことを知りつつこのような指導を計画したのであるから、被告の行為は不法行為である。

4 原告らに対する、各郵便局長の注意、訓告などの措置は、国の公務員として国家賠償法上の公権力の行使に当たる職務行為をなすについて与えた違法な侵害であるから、被告は、国家賠償法一条に基づき、右加害行為によって生じた原告らの損害を賠償する義務を負う。その損害は、一年以内に三回以上訓告を受けた結果、別紙一覧表記載の金額の賃金等を減額されるという財産的損害、かつ胸章の着用強制及び訓告といった不法行為により、一人あたり五〇万円を下らない精神的損害である。

5 被告の主張に対する反論

(一) 郵政事業の現状

被告は、郵政事業の公共性を主張するが、経営の側が現実に被告の主張するような方向に向いているかは厳密に吟味されなければならないところ、郵政事業の現状は、郵便局の大部分を占める特定郵便局の特定局長会や郵政省の官僚の天下り先の確保等、利権の保護のために、国家の予算を無駄使いし、その穴埋めのための各種人員削減、合理化、労働強化を招き、多くの労働者を犠牲にしている状況であり、その事業に、公共性は認められない。

(二) 胸章着用義務づけの不必要なことについて

被告は、取扱者の氏名が分かることによってサービスが向上する旨主張するが、一般的に見ても、顧客は、通常担当者の氏名をいちいち覚えることはなく、何かトラブルがあったときや、何らかの目的を持って見る場合の他は記憶に残らないのが普通である。また、責任の所在についていえば、郵便局には、勤務指定表があって、その日の勤務内容が分かり、また、担務表があってそれに押印してから具体的な職務を遂行しているのであって、不適当な行状があった場合も、局に申し出れば、誰が担当したのかは自ずと分かるようになっているのであって、被告の主張は失当である。特に、氏名を表示することが職員の自覚を促すことになるという主張は、郵政労働者に対し、他人から監視されなければ職責の自覚もできないという偏見を前提にしたものである。自覚は、内面から生じるように育つもので、胸章を着用することによって生じる見られているという消極的な意識とは相容れないものである。

右の点を具体的に述べると、以下のようになる。

集配を担当する者の場合、局内作業では、班という一〇人ほどの小集団で一定のエリアを担当するが、班の内部では名前を知り尽くしており、その中で胸章により名前を表示する必要はないし、班を越えて名前を知らなければ業務に差し障りがあることもない。また郵便を配達する際は、顧客とふれあうことになるが、書留郵便物を配達する場合を除けば、郵便受箱に郵便物を配達するのであり、顧客が胸章を見ることはない。速達郵便物も直接配るが、配達する際に印鑑は不要であり、手渡すだけであって、顧客が胸章に関心を払うことはない。書留郵便物の場合も、一日の平均の配達数は二〇本くらいであると思えるが、顧客と職員の胸章を見ることができるのは、一人当たり一〇秒足らずに過ぎないし、わずかに開けたドア越しの応対となることも多く、郵便配達はほとんど顧客とふれあうことはない。曜日によっては、全く顧客とふれあう機会がないこともある。混合勤務の場合、午後六時前に、速達と昼間不在となった書留郵便物の再配達に出る。この場合は、顧客とふれあうことは多くなるが、夜間であるため、胸章を着用しても見えないのが普通である。なお、小包郵便物は、下請化されており、職員が配達することはない。

それに、もっぱら郵便物を受けとる側であって、直接対価を支払うわけではない顧客から見れば、誰が配達したかにはそれほど関心がないのが通常である。そもそも、本件胸章着用の義務づけは、外務作業の折に胸章を着用していなかったことを問題としているわけではない。実際、雨合羽を着る雨の日や防寒着を着る冬季は事実上誰もが不着用となっており、一年の約半分に相当する春夏秋の好天の日のみ胸章を着用することになることを前提としつつ胸章着用を強制するのは、意味がないことである。被告は、胸章が二個ないし三個配布されていると主張するが、一度に二個ないし三個の胸章を付けることは明らかに動きの邪魔になるのであり、このことをもって防寒着に胸章を着用すべきことの理由にはならないし、防寒着の上に着用すべきことの指導がなされたかどうかは不明である。

集配業務には営業という担務はないので、営業活動に関する胸章の必要性を論じることは失当である。確かに、ふるさと小包などの施策への取り組みが求められているが、これは担務ではないし、原告らは、これらの施策には協力しないのであるから、これに関連づけて胸章着用の必要性を論じることはできない。そもそも、職員が書面等によらず胸章によって身分を明らかにして営業活動を行うことは、訪問販売法にも違反する行為である。

郵便課に勤務する総務主任の業務の場合、窓口に出ることはなく、基本的には顧客と応対することはないし、苦情の処理などで顧客と応対することがあったとしてもその数は、名刺を差し出せば済むほどのものである。局内においては、郵便課の誰もが郵便課の職員については知っているのであり、胸章を着用する必要はない。顧客と接する窓口業務であっても三角柱などで氏名を表示すれば足りるものであるし、業務に就く際には、担務表に押印することによって自己の責任を明らかにするとともに、顧客に対しては、受領書に印鑑を押すように指導されてきており、顧客の手元に取り扱った者が分かるようになってきているから胸章着用の必要性はない。発着口から大量の郵便物が差し出されることは年に数度のことに過ぎず、その場合も金銭の授受は窓口担当者が行うので郵便課の職員が金銭の受渡しをすることはない。業者が備品を納入する場合に、発着口を使うとしても、それを取り扱うのは、総務課であって郵便課の職員は関係しない。

貯金課や保険課の外務員の場合、主な業務である集金と募集は、郵便局外での金銭の授受を伴うことになるため、集金の場合は主務者印によって氏名を明らかにし、募集の際も名刺やスタンプによって氏名を明らかにしている。訪問先で金銭の授受を伴う場合、金銭を預ったことの証拠となるものを交付するのが一般常識であるし、また、営業活動の際も顧客が職員の名前を覚えることはないから名刺を交付して氏名を明らかにするのが通常であって、胸章のみによって営業活動をするより、顧客にとってはるかに利便性が高い。名刺を胸章で代用することはできないし、名刺の他に胸章を付ける必要性はないのである。胸章による営業活動は訪問販売等に関する法律(以下「訪問販売法」という。)にも違反する。被告は、外務員と対面したときに瞬時に氏名が分かることに胸章の意義がある旨主張するが、対面したときには、制服などにより郵便局員であることが分かれば十分であり、胸章は必要ない。貯金や保険の外務員は大金をもって屋外で単独で活動することがあり、その場合に、担当課名を記した胸章を付けていることは、犯罪の対象となる危険性が大きい。現に銀行員は、バイクに乗るときは胸章をはずしているし、民間の保険の外交員は胸章を着用せず、名刺を渡すことにより営業活動をしているのが一般的である。貯金や保険の外務員の場合も、集配と同様防寒着や雨合羽を着用して仕事をしているので、事実上不着用の期間が長くなる。

総務課職員については、局員の名前は胸章によらなくても覚えられるものであり、また、部外者との接触の機会は少なく、いずれも固定された者であって、胸章がなくても覚えてもらえる程度である。

また、職員間の信頼関係を醸成するという主張については、そもそも胸章がなければ名前で呼び合うことができない職場というのは異常であり、胸章を着用しなくても、信頼関係は生じるものである。郵政省が行っている人事交流は信頼関係の素地を解体し続けようとするものであり、そのような行為をしながら信頼関係の醸成をいうことは詭弁に等しい。新昇格制度は連帯感の素地を破壊している。

防犯上有効であるという主張もあるが、郵便局員の多くには制服が貸与されており、制服を着用しない職員の顔を覚えることが簡単であるから、制服により、部内者か部外者かを区別することは簡単である。かえって、胸章の偽造は容易であって、胸章を着用しているか否かで部内者が部外者かを区別しようとすれば防犯対策はそれだけおろそかになり、部外者の犯罪がかえっておきやすくなる。特に、不特定多数の公衆に氏名と役職名をさらして歩けば、その氏名を利用して犯罪を犯そうとするものに利用されるおそれが大きい。

職員の身分を明かす必要がある場合は、名刺を出すか、身分証明書を見せれば足りるのであり、胸章は不要である。胸章着用要綱の発出前も発出後も仕事の流れは全く変わっていないのであり、胸章は不要である。

被告の主張する胸章着用の必要性は、業務運行上絶対的に必要なものではなく、かえって胸章によらない方が効果的であるとか、目的の阻害要因になっていたりするものばかりであり、業務運行上必要やむを得ない合理的理由を構成しているとはいえない。また、本件は胸章着用強制の手段としてすべての職員に一律に業務命令を発している。しかし、胸章着用の強制が人格権等の侵害に当たることに鑑みれば、氏名や役職名の使用は、業務上具体的に必要になるときにのみ具体的に使用されるべきであって、一律の胸章着用によるほかに、制限的に講じられる措置があるというべきである。

(被告)

1 胸章着用義務付けの適法性

(一) 郵便事業の特質

郵政省は、郵便事業、郵便貯金事業及び簡易生命保険事業等(以下これらを「郵政事業」という。)を合理的、能率的に経営する等のための行政機関として設置されている。郵政事業は、公益的事業でありながら、独立採算制がとられていることから、収入と支出のバランスを常に配慮しなければならず、企業的かつ能率的な経営を図らなければならない。郵政事業が健全な経営を実現し、その使命を達成していくためには、真に利用者の利益につながるような高品質なサービスの提供が必要であり、そのためには、職員一人一人において、国民に安心して利用され、信頼され、親しまれるサービスの提供を心がけることが強く求められている。特に、近年、郵政事業は、いずれの事業についても競争が激化するという状況に置かれ、利用者である国民の郵政事業に対する要望も多種多様化しており、新たな対応が迫られている状況である。

(二) 胸章着用の必要性

(1) 胸章着用の目的は、対外的には、利用者にサービスを提供する取扱者の氏名等を明らかにし、もって利用者の信頼を得て、より一層のサービスを図ることを、対内的には、組織運営に当たって、自己の氏名を明らかにすることにより、職員自身の職責の自覚を促し、自己規律及び職員間の連帯感の醸成を図ることを目的とするものである。

(2) 右のことを具体的に述べると以下のようになる。

胸章着用により、直接利用者と対面する職員の氏名等が明らかになり、利用者との間にトラブルが起きた際に担当職員の特定が容易になり、対処も容易になることから利用者に対するサービスの向上につながる。職員自身も、自己の所属局、課、役職名及び氏名を表示することにより、職務遂行上の責任の所在が明確になり、胸章の着用によって、利用者から見られているという意識になることから、より充実した仕事への意識が高まり、職責の自覚が促される。また、胸章を着用することにより、職員がお互いに名前で呼び合うことが可能となり、より緊密な信頼関係の形成につながり、職員間の連帯感の醸成が図られる。さらに、郵便局の利用者等との会議、打ち合わせの場においても、胸章の着用が円滑な推進に役立つ。利用者の個人的な情報や事業運営上必要な重要書類等を保管し、金融機関としての側面を持つ郵便局では、職員が胸章を着用することは、常勤及び非常勤職員と庁舎内に出入りする部外者との識別の手段となり、防犯面でも有効である。

右に照らせば、郵便局等に勤務する一部の職員だけがその着用を励行しても、不着用者の存在によって利用者の信頼や防犯上の効果は薄れ、職員間の連帯感の醸成は困難となるのであって、全職員が一体となって取り組んでこそ本来の趣旨を全うすることができるのである。

(3) 右のことを郵便局の各課に即してみると次のようになる。

郵便局の配達等が主たる業務である集配課では、通常郵便物は各戸の郵便受け箱に配達するが、速達郵便物や小包郵便物は、原則として受領者に手渡す旨定められており、書留郵便物や料金受取人払い郵便物等は受領印の押捺を受けたり、料金を徴収するために受領者と対面授受をする。また、集配課職員は、配達業務を行いながら営業活動を行っており、その際にも、利用者と直接対応するから、胸章着用の必要性がある。

郵便窓口事務や郵便物を局内処理する事務、発着事務等を行う郵便課の場合、郵便窓口事務は利用者と直接対応しており、胸章着用の必要性がある。また、特殊郵便物を局内処理する事務においては、書留郵便物等を集配課職員と対面授受するから、胸章着用の必要性があり、さらに、その他の業務においても、大量の郵便物を差し出す利用者などの部外者と接するほか、非常勤職員も多く、様々な人と接する機会があり、胸章着用の必要性がある。

貯金課や保検課の内務職員は、郵便局の窓口で直接利用者と対面してサービスの提供を行う職員であり、職員の氏名等が明らかになっていれば、利用者にとっては、商品についての相談をする場合などに容易に対処し得るし、他方職員自身も、自分の氏名等を表示し職務遂行上の責任の所在を明らかにしていることから、当然に職責についての自覚が促されることになり、胸章着用の必要性がある。

貯金・保険の外務業務は、貯金・保険のそれぞれの商品についての営業、募集活動が主たる業務であり、毎日利用者と接し、金銭の授受を行っているため、胸章を着用する必要性がある。また、名刺等と比較しても、利用者からすれば、名刺等では、渡されるまで担当者の名前は明らかにならないのに対し、胸章は担当者と対面したときに瞬時にしてその名前が明らかになるという効用があり、職員が利用者に名刺等を渡すからといって胸章着用の必要性が否定されるものではない。

総務課は、郵便局全体の庶務、人事、給与、会計事務等を主たる業務としているため、他課の職員との接触が多く、又、郵便局に出入りする各種業者や郵便局長への来客等に対応する郵便局の窓口的な役割を担っている。したがって、総務課の職員は、部外者や面識のない者と接する機会も多いことから、他課と同様に、胸章着用の必要性がある。

(三) 胸章着用の合理性

本件胸章は、職員が勤務時間中に限り、被服に着用すれば足りるものであり、胸章に表示されている内容も、所属局、課、役職名及び自己の氏名といった職員と業務との関連を明らかにする上での必要限度内の事項に限られているものであり、その大きさも、縦約三センチメートル、横約5.5センチメートルにすぎないのであって、胸章を着用する職員に対して、特別過重な負担や不利益を強いるものではない。役職名についても、公務遂行の際の権限や責任の所在等を明らかにする公益的機能を有するものであるから、役職名を表示することについても合理性がある。

さらに、胸章は氏名を表示する方法としてもっとも簡易で有効なものであり、他の民間企業や官公庁等においても広く活用されているものであり、社会通念上も合理的な方法として認められている。

よって、本件胸章着用の目的とその態様に照らせば、職員に対し、本件胸章の着用を義務づけることは、郵政事業の使命を達成する上で合理的かつきわめて有効な制度である。

(四) 原告らは、本件胸章着用命令が、原告らを弾圧するための処分を目的としたものであると主張する。

しかし、原告らは、再三の指導にも従わず、胸章を着用しなかったのであり、関東郵政局では、全職員が一体となって胸章着用に取り組んでこそ本来の趣旨を全うすることができることから、管内における胸章着用の指導とその後の対応についての手続上の公平及び適正化を考慮して、平成三年八月、胸章の着用指導に関する通達を発出した。原告らの主張する指導文書を出したことについては否認する。

職員が胸章着用命令に従いさえすればその後着用しなくても処分がされないという事実は否認する。また、郵便局外では着用しなくても問題とされなかった旨主張しているが、郵便局の内外を問わず胸章を着用するよう指導がなされている。

また、犯罪に巻き込まれるおそれが増大するとの主張については、そのような事態は、実際には容易に想定しがたいことであるし、また、胸章の表示事項を知られただけで当然に被害が生じるというわけではなく、むしろ、これを利用した部外者の行動等によって被害が生じるのであり、胸章に所属課名や氏名を表示することによって当然に犯罪に巻き込まれる危険性が内在するものではない。

防寒着及び雨合羽を着用しているときは、当然に胸章不着用状態になるとの主張については、胸章は、防寒着等上衣を着脱する際の利便性を考慮して職員一人につき二個ないし三個配布されているものであり、防寒着にも胸章を着用するようミーティングで周知されていた。また、外務職員が雨合羽を着用する際には、積極的に胸章着用を指導していないが、外務作業時に雨合羽を必要とする天候であっても局内においては当然に胸章着用の指導がされているのであり、このことをもって胸章着用の必要性・合理性が否定されるものではない。

(五) 胸章着用義務づけの法的根拠

郵政省職員の勤務関係は公法的規律に服する公法上の関係である。また、郵政省職員は、国の経営する企業に勤務する職員であることから、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たっては、全力を挙げてこれに専念しなければならない服務上の義務をはじめとして、法令及び上司の命令に従う義務及び職務に専念する義務等を負っている。

各郵便局長は、国家行政組織法一〇条、郵政省設置法一二条、郵政省職務規程二条により、当該郵便局等の所属職員の服務を統督する権限を有する。本件胸章着用命令は、各郵便局長が、事業運営上の必要性及び原告らの職務遂行上の必要性から、上司の職務上の命令としてその部下職員に対し行っているものである。本件胸章着用命令は、発令者が職務上の上司であること、受命者の職務に関するものであること、その内容が法規に抵触しないことの要件を具備し、プライバシー権や人格権を侵害するものではなく、職権濫用にも当たらないから、原告らはこの命令に忠実に従わなければならない法律上の義務を負っている。

なお、郵政大臣は、平成九年三月二六日に郵政省就業規則の一部を改正し、就業規則上において、勤務時間中の胸章着用を規定したが、これは、実質的には何ら新たなものではなく、従前各郵便局長等が文書や口頭で指導していた勤務時間中の胸章の着用について、郵政省就業規則に統一的に規定したにすぎないものであるが、この改正により、職員は、就業規則上も勤務時間中に胸章を着用する義務を負っている。

原告らは、本件胸章着用要綱には、法的根拠がないと主張するが、本件胸章着用要綱は国家行政組織法一四条二項の訓令に当たるもので、違法なものではない。また、法律の委任がなく国家行政組織法一二条に違反するとの点は、同条の規定する命令とは右の訓令とは性質や根拠を全く異にするものであって、失当であるし、行政指導の内部的指針であると主張する点も訓令は行政指導に当たらないので失当である。

労務管理上の手段として業務命令権を利用したもので、職務命令権の濫用であると主張する点については、胸章着用の必要性合理性は、前述したとおりであって、胸章着用にかかる職務命令は、原告らに不利益を課するという違法不当な目的でされたものではないから、失当である。人事交流については、職員に他部門や複数の局を経験させて幅広い業務処理能力を養うとともに、人事の刷新が職員の勤労意欲を高揚させ、組織の活性化をもたらすものであること等から推進しているものであり、また、新昇格制度も、職員が勤務時間中に発揮した職務遂行能力等を昇格に反映させることにより、職員の意欲や活力の高揚、働きがいや生きがいの充足を目指し、活気のある職場作りに寄与することを目的として、関係労働組合に提案しているもので、原告らの主張は失当である。

2 胸章着用指導の正当性

(一) 胸章着用指導の経緯

胸章の着用は、従来から指導されてきたものではあるが、関東郵政局においては、各郵便局における運用の統一を図るため、平成三年三月二六日付で、胸章着用要綱を発出した。その後、関東郵政局は、会議等の場で各郵便局等に対し、職員に対する胸章着用の指導徹底を図るよう指導した。その内容は、①胸章着用の必要性等について局内の掲示板に文書を掲示すること、②ミーティング等で職員周知を行うこと、③不着用者がいる場合には個別指導すること等であった。そして、原告らの所属する各郵便局長等はその後も不着用者が散見されたことから、服務統督権に基づき、再指導の形で局内の掲示板に胸章着用の目的及び必要性等を内容とする文書を局長名で掲示し、また、各郵便局長等は、各課長等に、職員に対して胸章着用の目的及び必要性等についての周知を行うことを命じ、各課長は、ミーティング等を通じて、その旨周知するとともに、勤務時間中は、胸章を着用するよう指導した。

右指導により、ほとんどの職員が胸章を着用するようになったが、原告らを含むごく一部の職員が着用しなかったため、指導を継続した。そして、再三にわたる指導にもかかわらず、胸章を着用しない職員に対しては、各郵便局長等は、より厳正な措置を講ずる旨警告し、さらに、職務命令であることを明らかにして胸章を着用するように命じた。さらに、右職務命令にも従わない職員に対しては、各郵便局長は、職務上の命令違背を理由として、文書による注意を行うなど十分な指導期間を設けて個別に指導し、それでも従わない職員に対しては、訓告に付した。

関東郵政局管内では、胸章の着用率は、胸章着用要綱発出以前の平成二年九月には、管内職員の85.2パーセント程度であったものが、胸章着用要綱発出後の平成三年五月には93.7パーセントにまで向上し、平成八年九月には、着用率は99.7パーセントである。

(二) 注意、訓告について

(1) 注意、訓告の規定上の根拠

郵政省においては、郵政部内職員訓告規定を定め、郵便局など地方支分部局の長等は、部下職員の懲戒処分に至らない程度の義務違反に対し、その義務違反を戒め、注意を喚起するために訓告する旨を規定している。また、各郵便局長等は、職員処分内規により、所部職員の訓告に至らない軽微な義務違反を注意に付して指導している。これらは、部下職員が職務を遂行するに当たって、その改善向上に資するために行う措置である。

(2) 訓告の法的性質及び制裁的実質を伴うか否かについて

訓告は、国家公務員法八二条及びこれを受けた人事院規則の規定に基づいて行われる懲戒処分とは異なり、上司がその指揮監督権に基づいて、部下職員に対し、その義務違反行為を指摘して注意を促し、将来を戒めるために発する事実上の措置に過ぎず、何ら制裁的実質を伴うものではない。したがって、指導・育成の手段としての訓告については、所属長は、職員の勤務態度、過去の違反行為の有無等について総合的に検討し、訓告に付すか否かについてその裁量により決定しうるものである。

原告らは、訓告処分といえども、三回受ければ、昇給が一号俸カットされ、退職金や年金にも影響がある旨主張し、その前提として、定期昇給時に当然に四号俸昇給すべきものであると主張するが、定期昇給時に当然に四号俸昇給するという右前提は誤っている。職員の定期昇給については、九六号通達により、職員が、前年四月一日から当年三月三一日までの全期間(以下「現給経過期間」という。)を良好な成績で勤務した場合には、毎年四月一日(以下「定期昇給日」という。)において、四号俸数だけ上位の号俸に昇給させることができるに過ぎない。そして、右通達の別紙である「昇格の欠格基準」に該当する場合には、定期昇給するために必要とされる「良好な勤務成績で勤務したとき」の条件を欠くものとして、定期昇給日において当該職員の所定昇給号俸数から所定の号俸数が差し引かれた上、なお残号俸数があれば、昇給権者においてその残号俸数だけ上位の号俸に昇給させることとしているのであるから、職員は定期昇給日になれば当然に四号俸昇給するというものではない。職員が一年間に三回以上訓告を受けた場合、「昇給の欠格基準」の「引き続く一年以内において三回以上訓告を受けた場合」に該当し、定期昇給日において当該職員の昇給号俸数から一号俸減じられる。右のとおり、訓告を受けた職員が定期昇給日において昇給号俸数から一号俸減じられることとなるのは、訓告を受けたことによる直接の効果としてではなく、一年間に受けた訓告が三回以上ある者が、「良好な成績で勤務したとき」との条件を欠くことになるとして、結果的に昇給号俸数から一号俸減じられるとされているためであり、訓告それ自体は何ら制裁的実質を伴うものではない。

(3) 本件訓告の適法性

本件胸章着用に関する訓告は、右(1)に述べたような経緯で行われたものであり、原告らが適法な職務命令に違背したことから、各郵便局長がその権限に基づき原告らに対しその義務違反等の内容を告知して将来を戒め、国民全体の奉仕者としての郵政省職員のあるべき姿を期待し、指導育成のために行った措置の一つであって、各郵便局長の裁量の範囲内にあることは明らかであるから、何ら違法性を有するものではない。

3 原告らの主張に対する反論

(一) 原告らは、本件胸章着用命令は、人格権の一内容である氏名権を侵害するものであると主張する。しかし、氏名は、社会との関わり合いにおいて、その存在意義を有するものであり、企業などの組織の構成員として活動するに当たり、個々の構成員を区別し、対外的には組織の構成員であることを明確にするなど、特定人を他の者と識別する機能を有し、組織の一員である以上、氏名は組織運営及び構成員の活動上必要不可欠なものとなる。したがって、勤務時間中に職務遂行に際し氏名を表示する場合は、氏名そのものが極めて社会的な関わりを有することがらというべきであり、少なくとも職場においては、氏名を表示するか否かについて、氏名を自己の意思に反して公表されない利益が法的に保護される余地はない。特に公務員については、国民全体の奉仕者としての存在であることから、氏名の表示がより強く求められる場面も存し、勤務時間中の職場における職務遂行に際しての氏名表示が直ちに右人格権の侵害になるものではない。また氏名権とされるものは、氏名に関する権利・利益をすべて承認したものではなく、原告らが主張する職務遂行中に氏名の表示を強制されない権利まで含めるものではない。仮に、原告らに対して氏名が表示された胸章の着用を求める行為が、原告らの何らかの利益を侵害する余地があり得るとしても、それは、個人が自己の氏名を冒用されたり、誤って表示された場合とは明らかに異なり、一般的な行為の自由の制限の可否の問題とはなるが、いわゆる人格権の一態様としての氏名権の侵害の問題ではない。本件胸章着用命令は、裁量権を逸脱し、かつ、著しく不合理な命令であるとはいえず、原告らの権利を何ら侵害しない適法な命令である。

(二) 原告らは本件胸章着用の強制はプライバシー権の侵害であると主張する。しかし、プライバシー権とは、他人に知られたくない事情をみだりに公表されないことを内容とし、法的保護が与えられるための条件としては、①公表された事柄が私生活上の事実又は私生活上の事実として受けとられるおそれのある事柄であること、②一般人の感受性を基準として、当該私人の立場に立った場合に、公表されることを欲しないであろうと認められる事柄であること、③一般の人に未だ知られていない事柄であることが必要である。しかしながら、氏名は、戸籍に記載された公証力のある名称であるとの機能を考慮すれば、一般の人に未だ知られていないとはいえないし、また、一般人の感受性を基準にしても、氏名を公表されることを欲しないとすることはできず、氏名は法的保護の与えられるべきプライバシーには当たらない。

原告らは、胸章着用による役職名の公表がプライバシー権の侵害であると主張するが、企業体等がその構成員に対し、勤務時間中に職務に関してその役職の表示を強制したとしても、私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受けとられるおそれのある事柄を公表することになるとはいえず、一般人の感受性を基準にして、当該公務員の立場に立った場合、精神的負担もごく僅少というべきであって、役職名が公表されることを欲しないであろうと認められる事柄であるともいえないから、胸章に役職名を表示することが、プライバシー権を侵害するものではない。さらに、企業体等における役職名が、企業における権限や責任の所在を明示するものであり、企業体等が統一的な企業活動を行っていく上で、不可欠な機能を果たしていることは、氏名の場合と同様であり、特に公務員の役職名は、公務における権限や責任の所在を明らかにする公益的機能を有し、郵政職員が職務上これを対内的・対外的に表示することは、右公益的要請にも合致するものである上、職務遂行中に表示される公務員の役職名や氏名は、当該公務を遂行した者を特定し、責任の所在を明示するために表示されるに過ぎず、それ以上に右公務員の個人としての行動ないし生活にかかわる意味合いを含むものではないから、私生活上の事実には当たらず、プライバシーの侵害が問題になる余地はない。

第三  争点に対する判断

一  本件胸章着用の義務づけが人格権の侵害になるとの点について

1  氏名権の侵害になるとの主張について

(一)  氏名は、これを個人の側から見れば、個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であるとともに、場合によっては、氏名の表示が経済的な利害に関係することもあり得るから、個人が自己の氏名を冒用されたり、誤って表示されたりして経済的、精神的損害を被った場合には、不法行為の成立する余地があるというべきである。しかし、本件では、個人が自己の誤りのない氏名を自ら表示することを強制させることの是非が問われているのであって他人による氏名の冒用や誤った表示がなされる場合とは異なる。氏名は、もともと、社会との関わりにおいて、その存在意義を有するものであり、個人を他人から識別し、特定する機能を有し、戸籍に記載された公証力のある名称として、個人が保有することを前提に各種の政治的、社会的な制度が成り立ち、また、民法、戸籍法をはじめとする各種の法律が制定されているものであることに鑑みれば、個人が自己の氏名の表示を強制されること自体については、後記のプライバシー保護との関連の問題は別として、「したくないことは不当に強制されない」という一般的な行動の自由以上に、氏名権として独自の保護に値する要素があるとは言い難く、結局、かかる行動の自由が不当に侵害されるかどうかという観点から考察すれば足りるというべきである。そして、一般に、民間会社の従業員であれ、公務員であれ、職務上の指揮命令関係に服する場合には、法令ないし就業規則や具体的な職務命令によって行動の自由が大きく制約を受けることは性質上やむを得ないというべきであり、また、具体的な職務命令の内容については、事業の運営が使用者側に委ねられており、労働者はそのことを認識した上で雇用関係に入っているのであるから、使用者側に相当の裁量性が存在するというべきである。したがって、職務命令による個人の自由の制限が不法行為を構成するのは、その制限の目的や必要性、態様、個人の被る不利益の程度等諸般の事情を総合勘案した結果、個人の自由の制限が社会通念上使用者の裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理な場合に限られるというべきである。

(二) 以下、右の各要素について胸章着用により氏名を明らかにしなければならないことが不法行為を構成するか、検討する。

(1) 甲一五の2、乙一四、一五及び証人及川の証言によれば、以下の事実が認められる。

イ 郵政事業は、それぞれの役務を、できるだけ安い料金で国民全体にあまねく公平確実に提供し、国民の経済生活の安定を図ることによって公共の福祉を増進することを目的としており、これらの目的にのっとって郵政事業は運営されなければならない。また、郵政事業の会計制度は特別会計として独立採算制を採っていることから企業的、能率的な経営を図らなければならない。郵政事業が健全経営を実現して右の使命を達成していくためには、利用者に対する高品質なサービスの提供が必要である。

ロ 胸章着用の目的は、対外的には、利用者に取扱者の氏名等を明らかにし、もって利用者である国民の信頼を得ることによって、職員がより一層のサービスを図ることであり、対内的には、組織運営に当たって、自己の氏名を明らかにすることにより、職員自身の職責の自覚を促し、自己規律及び職員間の連帯感の醸成を図ることである。

ハ 本件胸章着用の義務づけは、各郵便局等においては遅くとも昭和五九年ころから胸章着用に関する指導を行ってきたところ、再三の指導にもかかわらず胸章を着用しない職員がいたため、関東郵政局では、ほとんどの職員が胸章着用を励行していても、一部の職員が胸章を着用しない実態では、胸章の効用を十分に発揮することができず、全職員が一体となって取り組んでこそ本来の趣旨を全うすることができることから、管内における胸章着用の指導とその後の対応についての手続上の公平及び適正化を考慮して、平成三年八月、胸章の着用指導に関する通達を発出したという経過で行われた。また、各郵便局長等は集団的、個別的に十分な時間をかけて指導した上で訓告処分をおこなった。

原告らは、郵政事業の現状は、郵政省の官僚や特定郵便局長の利権のために運営されているもので、公共性はないと主張し、なるほど甲一ないし六、三〇、五〇、五一によれば、郵政省官僚出身者が郵便物の区分機の保守、点検業務に携わる法人等多くの郵政事業に関する法人に天下っていることが認められるが、右事実は前認定の公共性を否定するものではない。次に、胸章着用の目的について、原告芝は、本人尋問において、他から見られているという意識によっては職員の自覚が高まることはなく、サービスが向上することもないと供述するが、他から見られているという意識は、必ずしも消極的な方向に向かう意識ではなく、他から見られていることと積極的な意識が生じることは排斥し合うものではない。なるほど、職員の自覚は、職員各自が意識を持つことにより内面から生じるように育つものということができるが(甲四九、原告芝の陳述書)、胸章等何らかの形のあるものの助力を得ることにより、職責の自覚がより早く高揚することも十分に考えられるところである。また、原告らは、胸章がなければ名前を呼び合えないような環境では、連帯感は生まれないと主張し、甲四三の3、10にはそれに沿う内容があるが、新たにその職場に入った者について胸章の存在がその職場にいる者の名前を覚える一助となり、連帯感の醸成に一定の役割を果たしていることは疑いがないから、原告らのこれらの主張には理由がない。原告らは、本件胸章着用の強制は原告らを弾圧するための処分を目的としたものであると主張し、甲四三の1、7、12、18、19には、かつて全逓信労働組合(以下「全逓」という。)への弾圧の手段として胸章が用いられた旨の内容がある。しかし、これらは、胸章着用問題にからんで昭和四〇年代ころに郵政当局と全逓との間で対立があったことを示すに過ぎず、かつて全逓組合員への弾圧の手段として胸章が用いられたとしても、これから直ちに本件胸章着用の目的が原告らの弾圧を目的としたものであると認めることはできない。また、原告らは、胸章着用の義務づけが処分を目的として計画されたものであると主張し、原告芝は本人尋問において、処分が公平に行われなかったり、指導が十分に行われなかった旨の供述をするが、前者については及川証人の証言に照らして採用できず、後者についても右認定ハの事実によれば、胸章着用に関する処分は十分な指導の期間を経て行われたものであり採用できない。原告芝は、いきなり業務命令を受けたような供述をするが、同原告は同時に局内の掲示板を見ていない旨の供述をしており、さらに、乙二〇の1ないし12によれば、上司からの度重なる胸章着用の指導に対して無言のままいたことが認められるのであって、上司によって行われた指導を特に気にとめていなかった結果、指導がなかったものと考えている可能性は十分にある。また、原告らは甲一五の2、3を根拠に本件胸章着用の義務づけが処分を目的としたものであると主張し、右各文書が関東郵政局などから出されたものであることは当事者間に争いがないが、この文書は、その記載内容からすれば、胸章の問題については、歴史的経緯等から組合などとの関係で微妙な問題をはらむため、指導に当たって、慎重な手続をとり、また十分な配慮をもって行うべきことを注意するための文書であると考えるのがむしろ自然であり、これによって処分を目的に胸章着用の義務づけが行われたということはできない。その他この点を左右するに足りる証拠はない。

(2) 乙一四及び及川証人の証言によれば、以下の事実が認められる。

イ 胸章着用により、直接利用者と対面してサービスの提供に当たる職員の氏名等が明らかになり、利用者との間にトラブルが起きた際に担当職員の氏名を特定することができ、容易に対処できることから利用者に対するサービスの向上につながる。

ロ 職員自身も、自己の所属局、課、役職名及び氏名を表示することにより、職務遂行上の責任の所在が明確になることから、職務遂行上誤りなきを期するよう自戒し、職員の職責の自覚が促されることになる。

ハ 胸章を着用することにより、職員がお互いに名前で呼び合うことが可能となり、より緊密な信頼関係を形成することにつながり、職員間の連帯感の醸成が図られることになる。

ニ 郵政各事業は、利用者である国民の個人的な情報や事業運営上必要な重要書類等を保管することのほか、郵便貯金事業および簡易生命保険事業においては、金融機関としての側面を持っていることから、職員が胸章を着用することは、庁舎内における常勤及び非常勤職員と庁舎内に出入りする部外者との識別の手段となり、防犯面でも有効である。

右事実によれば、利用者と対面する郵便局の職員が胸章を着用する必要性に加え、連帯感の醸成や防犯面での効果があることを考えれば職員全員が勤務時間中胸章を着用することの必要性についてもないとはいえない。

原告らは、胸章の着用がサービスの向上にもつながらず、職員間の連帯感の醸成や防犯面においても効果がない旨主張するが、顧客と接するに当たり氏名を表示することがサービスの向上につながることは、原告らが名刺を手渡すなどの方法を取るべきことを主張していることからして、原告らも認めているものと解されるところ、郵便の配達を行う職員にあっては、書留や速達の配達時に顧客とふれあう機会があることは事実であり、その場合に、氏名を表示する手段として胸章を用いることにより、制服と相まって、顧客に安心感を与えるものであり(仮にほんのわずかの時間しか対面しないことによりその間では職員の氏名を覚え切れないとしても、顧客は、胸章が存在することにより、職員が積極的に氏名を開示しているものと認識して、安心感を得ることができる。)、保険や貯金の外務を行う職員にあっては、顧客と接触する際に、名刺などの方法により、氏名を明らかにするほか、胸章を着用していることで、顧客が名刺やパンフレットに目を移さなくても対面したままで職員の氏名を知ることができるという点で、サービスの向上に資するということができる。なお、この点に関し、原告らは訪問販売法違反の主張をするが、同法一〇条一項三号の規定により郵便局の職員による販売等については、同法が適用されず、右主張は失当である。さらに、原告らは、一年の約半分が防寒着や雨具を着用していて、胸章が見えないまま職務を遂行しているが、何ら支障は生じていないと主張するが、乙二一及び及川証人の証言によれば、職員一人につき二個ないし三個の胸章が配布され、防寒着にも胸章を着用するように指導がされていることが認められるから、原告らの右主張も理由がない。

職員の自覚を促すこと及び連帯感の醸成については右に説示したとおり、効果が期待できる。防犯面についても、制服の着用に加え、胸章を着用していなければならないということで、外部者が郵便局内の犯罪を犯すことへの抵抗が増大することは間違いないし、偽造した胸章を着用している者がいれば、そのことで、職員が異常に気づき、犯罪を未然に防ぐこともあり得るのであるから、効果がないとはいえない。

(3) 乙二、一三、一四及び及川証人の証言によれば、本件胸章には所属局、課、役職名、自己の氏名(姓のみでもよい)が記載されていること、その大きさは、縦約三センチメートル、横約5.5センチメートルであること、勤務時間中に限り被服に着用することが定められていることが認められる。

右事実によれば、本件胸章は、勤務中という限られた時間内に自己の従事する業務及び氏名を明らかにするというものであり、氏名の表示は姓のみでもよく、その表示も過度に大きなものとはいえないから、氏名表示の態様が前記胸章着用の目的に照らして不相当であるということはできない。

(4) 原告らは、胸章着用による不利益として、胸章をきっかけとして職員の氏名が外部者の知るところとなり、それによって犯罪に巻き込まれる危険性が増大すること等を挙げるが、このような危険性は皆無とはいえないものの、胸章の表示事項を知られただけで当然に被害が生じるものではなく、これを利用しようとした部外者の行為とあいまって被害が生じるものであり、原告らが主張する方法である郵便局内で窓口に表示するなどの方法により氏名を明らかにする場合でも起こりうるものであるから、胸章の着用が当然にこのような危険性を内在しているとはいえない。

(5) 以上によれば、本件胸章着用を義務づけ、これに反した者に対して、指導、警告等を経て訓告処分をもって臨むことは、社会通念上使用者の裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であるとはいえない。

2  プライバシー権を侵害するとの主張について

(一)  プライバシー権とは、他人に知られたくない事実等をみだりに公表されないことを内容とし、法的保護が与えられるための要件としては、①公表された事柄が私生活上の事実又は事実らしく受けとられるおそれのある事柄であること、②一般人の感受性を基準として、当該私人の立場に立った場合に、公表されることを欲しないであろうと認められる事柄であること、③一般の人に未だ知られていない事柄であることが必要である。

(二) 原告らは、氏名の公表がプライバシー権の侵害であると主張するので、まず、この点について検討すると、氏名は、前記のとおり、戸籍に記載された公証力のある名称であるとの機能を考慮すれば、一般の人に未だ知られていないとはいえないし、また、一般人の感受性を基準にしても、第三者がほしいままに自己の氏名を公表する場合はさておき、自己の職務等との関連において氏名を公表されることを欲しないとすることはできない。原告らは、横浜市において戸籍謄本などを請求する際の用紙にプライバシー等の侵害になる場合は交付しない旨の注意書きを付したことをもって氏名もプライバシーに属するとの主張をし、甲一九の1ないし3によれば、横浜市の戸籍謄本等や住民票の写し等の請求書に、「基本的人権又はプライバシーの侵害につながるおそれのある場合は交付できません」等の注意書きがあることが認められるが、戸籍(除かれた戸籍を除く。)の謄抄本や住民票の写しは、右のような不正目的でない限り、戸籍等に記載された者の意思にかかわりなく請求できるのであり、また、そもそも、これらの謄本等の請求をするためには、予めその氏名等を知っていなければならないから、このことをもって直ちに氏名がプライバシーに属するということはできない。

(三) 原告らは、また、郵便局における役職の表示及び役職と結びついた氏名の表示がプライバシーの侵害になると主張する。しかし、職場における役職は、私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄ではない。もっとも、むやみにこれを公表されることを欲しないであろう事柄と考えられないことはないが、胸章による役職の公表は、前示の胸章の大きさからして、郵政職員の職務に関して何らかの形で関わった者に対してのみ行われるのであり、広く一般第三者に対して行われるものではないから、公表による精神的負担はごく僅少というべきである。そして、公務員の役職名は、公務における権限や責任の所在を明らかにする公益的機能を有するものであるところ、郵政職員の氏名と相まって役職を表示することは、当該職務を遂行した者を特定し、責任の所在を明示することにもなり、その役職を職務上対内的及び対外的に表示することは、右公益的要請にも合致するものである。そうすると、役職の公表を欲しないとの感情があったとしても、胸章に役職名を表示することがプライバシー権を侵害するものではない。なお、原告らは、年齢と比べて郵便局内での役職が低いことがその者に対する否定的評価につながるとか、郵便局内での役職は、私生活上の事項である組合活動と密接に関連するものであるとか主張するが、前者については、役職の低いこととその者に対する評価が直結するとは必ずしもいえないし、後者については、労働条件の向上等を目的として活動する労働組合に参加していたことが私生活上の事情に当たるかどうかは措くとしても、組合活動への参加が役職と直接結びつくことを認めるに足りる証拠はなく(却って、原告らは、組合幹部が役職者となった事例を主張している。)、原告らの主張には理由がない。

二  本件胸章着用の義務づけが命令権、処分権の濫用であるとの点について

1  胸章着用の義務づけ及び処分の法的根拠について

(一) 国家公務員法九八条一項、一〇一条によれば、国家公務員である原告ら郵政省職員の勤務関係は基本的に公法上の関係であり、かつ、郵政省職員は、法令及び上司の命令に従う義務並びに職務に専念する義務を負っており、また、各郵便局長は、国家行政組織法一〇条、郵政省設置法一二条、郵政省職務規程二条により、郵政大臣から委任されて当該郵便局等の所属職員の服務を統督する権限を有する。乙二、一四、及川証人の証言によれば、本件胸章着用に関する指導は、関東郵政局長による要綱を受けて、各郵便局長が、事業運営上の必要性及つび原告らの職務遂行上の必要性から、右服務統督権に基づき、上司の職務上の命令としてその部下職員に対し行ったものであることが認められる。国家公務員法九八条一項、郵政省就業規則五条二項、七条によれば、職務上の命令は、法令に反しない範囲で職務遂行に関係のある一切の事項につき発することができると解され、また、前説示のとおり、本件胸章着用に関する命令は、憲法その他の法令に違反するものではないから、職務上の命令として適法なものと認められる。原告らは、胸章着用要綱には、法的根拠がない旨主張するが、胸章着用要綱は、国家行政組織法一四条二項にいう通達に当たることが明らかであって(同法は、各大臣、各委員会及び各庁の長官が右通達を発することができることを定めているが、通達を発しうる行政機関を右に挙げたものに限定する趣旨ではなく、単なる例示に過ぎず、一般に指揮権のある官庁は、これに服すべき諸機関及び職員に対して通達を発しうるものと解すべきところ、前説示のとおり、各郵便局長は、服務統督権を有するから、上司の職務上の命令としてその部下職員に対して通達を発しうる。)、法令の根拠がないということはできない。また、原告らは、胸章着用要綱には、国家行政組織法一二条四項の法律の委任がないことを主張するが、本件胸章着用要綱は右説示のとおり、国家行政組織法一四条二項の通達であり、同法一二条に定める命令とは性質が異なるから、原告らの主張は前提において誤っている。また、原告らは、胸章着用要綱が行政指導の内部的指針であって、強制力を持ち得ない旨も主張するが、本件胸章着用の指導は服務統督権に基づくもので、行政指導でないことが明らかであるから、原告らの主張は失当である。原告らは、胸章着用を義務づけることには国家行政組織法一二条四項の法律の委任が必要であることも主張するが、郵便局長の指導は国家行政組織法一二条四項の命令ではないから、原告らの主張には理由がない。

(二) 原告らは、本件胸章着用の義務づけが原告らを弾圧するための処分を目的としたものであって命令権の濫用であるとも主張するが、先に説示したとおり、本件胸章着用の義務づけには、ことさらに原告らを弾圧する目的があったとは認められないのであって、原告らの主張には理由がない。

2  訓告処分の違法性について

(一) 原告らは、本件胸章着用の義務づけに関する訓告処分は三回行われることにより、定期昇給の昇給号俸数が一号俸カットされるものであり、特別昇給にも影響するから、制裁的実質を伴うものであって、懲戒処分と同視すべきであるから、本件胸章着用を義務づける命令には法律の委任が必要と解すべきところ、本件胸章着用を義務づける命令には法律の委任がないから違法であると主張する。そこで、訓告処分が三回行われることによって定期昇給の昇給号俸数が一号俸カットされることが制裁的実質を伴う処分といえるか否かを検討する。

(二) 争いのない事実及び乙四、五、七、八、一四、及川証人の証言によれば、次の事実が認められる。

(1) 訓告処分は、郵政部内職員訓告規程2を根拠として、関東郵政局長の職員処分内規により行うものであり、国家公務員法の懲戒処分ではない。右訓告規程1によれば、訓告は、懲戒処分に至らない程度の過失に対し行うものであり、それ自体は何らの制裁的実質を伴うものではない。

(2) 郵政事業に従事する職員の昇給等に関しては、九六号通達が定められている。

(3) 九六号通達別記第一条には、職員が前年四月一日から当年三月三一日までの全期間を良好な成績で勤務した場合には、毎年四月一日(以下「定期昇給日」という。)において、四号俸数上位の号俸に昇給させることができる旨の規程があり、同通達別記第五条には、当該職員が良好な成績で勤務したとの要件について、その職員の職務について監督する地位にある者の証明を得る必要があると規定されている。

(4) そして、右通達別紙の「昇給の欠格基準」に該当する場合には、右の証明が保留され、定期昇給日における当該職員の所定昇給号俸数から「昇格の欠格基準」の該当規定により減ずべき号俸数が差し引かれることとなる。

(5) 右「昇格の欠格基準」によれば、引き続く一年以内において三回以上訓告を受けた場合や監督者において勤務成績が著しく不良なものと認めた場合等については一号俸を減ぜられ、また、戒告以上の懲戒処分を受けた場合は一号俸以上減ぜられるものと定められている。

(三) 右事実によれば、原告らが、定期昇給時において所定の昇給号俸数から一号俸減ぜられたのは、引き続く一年以内に訓告を三回以上受けた結果右昇給の欠格基準に該当し、その結果良好な成績で勤務したものといえないものとされた結果であることが認められる。そして、右の措置自体は、国家行政組織法一四条二項、同法一〇条、郵政省設置法一二条、郵政省組織令四条二項、三項に基づく郵政大臣官房人事部長及び同経理部長の依命通達によるものであって、法令に根拠を持つことは明らかである。原告らは、右通達の別紙ではなく、それと同内容の労働協約が適用されることを主張するが、原告らは、原告らについて労働協約が適用される根拠につき明確に主張していない。

ところで、甲一五の2、及川証人の証言によれば、訓告を三回受けるとこれを受けた職員の翌年度の昇給が一号俸減ぜられることとなることから、三回目の訓告は、各郵便局長からの報告に基づき、関東郵政局が、これをなすべきかを統一的に判断し、その指示に基づき、各郵便局長が原告らに対して三回目の訓告処分をしたことが認められる。このように、三回目の訓告のみを見れば、これを受ける職員に不利益が生じるのを承知した上で、これが発せられているので、制裁的な実質を伴うものと見られないわけではない。しかし、前認定のとおり、懲戒処分や訓告処分を受けなくても、勤務成績が著しく不良な場合も一号俸減ぜられて昇給するのであって、一年間何らの処分を受けなければ当然に四号俸昇給するものではないから、職員が四号俸の昇給を求めることの権利を有するものではない。また、原告らは、一連の訓告処分は右のように昇給を一号俸減じる目的でなされたと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。むしろ、甲一五の2によれば、一回目や二回目の訓告処分をする前に、それぞれ日時を置いて複数回の業務命令等を発し、また、三回目の訓告をするための報告をする前にも複数回の業務命令等を発することとされていることが認められ、関東郵政局が三回目の訓告をなすべきかを統一的に判断することとしたのは、慎重を期したものとも考えられるのであり、三回目の訓告処分に至るまでの間の度重なる業務命令違反等の事実に照らせば、まさに勤務成績が著しく不良な場合に匹敵するものといっても過言ではないのであって、三回目の訓告を受けた結果、良好な成績で勤務したものといえないと判断されてもやむを得ないものというべきである。このように、職員が当然には四号俸の昇給請求権を有しないこと、及び三回目の訓告処分に至る経緯を斟酌すると、右三回目の訓告処分及びその前提となる一回目及び二回目の訓告処分は、いずれも制裁を与える目的でされたものではなく、また、同処分により原告らが一号俸減ぜられて昇給するとの不利益を受けたとしても、命令権、処分権の濫用であるとはいうことができない。

特別昇給についても、甲三四の2によれば、選考によるものであって、職員に特別昇給を受ける権利が与えられているということはできない。よって、訓告処分が制裁的実質を伴うもの故違法であるという原告らの主張には理由がない。

3 結局、本件胸章着用の義務づけ及びそれに基づく訓告処分は、いずれも使用者の裁量の範囲内であって、命令権、処分権の濫用ということはできない。

三  結論

以上のとおり、本件胸章着用を義務づけることは原告らの権利を侵害するものではなく、また、命令権処分権の濫用であるともいえない。よって、原告らの請求にはいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六五条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・南敏文、裁判官・須賀康太郎 裁判官・森髙重久は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官・南敏文)

別紙一覧表一・二<省略>

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